2015年9月9日水曜日

9月の釜石は夏だった

 自宅を出発する時0にリセットした車の距離計が1000キロに達して0に戻ったのは、帰りの東北道の白河付近でした。てっきり1000というカウントになると思い込んでいた私は少し拍子抜けをした感じで笑ってしまいました。今回の釜石への旅の総走行距離はおおよそ予想していた通り1196.2キロとなりました。




2015年6月5日金曜日

5月末の釜石支援レポート


釜石線新花巻駅ホームにて

5月29日から31日まで釜石と山田へでかけてきました。今回で打ち合わせも入れると4回目の訪問となります。そんな中で昨年から月2回のペースで持たれているウクレレ会も、みなさんが楽しみに集ってくださっていることを伺っていて、お手伝いをしている私たちも共に喜びをいただいています。

今回訪問では3回のコンサートとウクレレ会でのレッスン&ミニコンサートが予定されていました。1月は夫婦で伺いましたので車でしたが、今回はひとりなので電車での移動にしました。

29日の朝7時半に出発して釜石に着いたのが午後1時46分ですから、自宅から釜石までの所要時間は約6時間というところです。同じ東北でも福島や宮城に比べると2、3倍の移動時間を必要とします。

2015年2月5日木曜日

「今度は孫を連れて遊びにおいで 」釜石と山田の活動報告

雪が降った甲子の仮設住宅


1月29日から31日にかけて、釜石と山田で3回のコンサートと1回の「ウクレレ会」を持つことができました。今回は夫婦で伺ったので交通費節約のためと不足分の機材を積んでの車移動ということにしました。


小川地区サポートセンター入り口


今回のポスターです
前回はポスターとは違う人だった!という評判?が立ったそうです。


遠くに桜木町の仮設住宅が見えます


29日は午後2時半から釜石市内の「小川(こかわ)地区サポートセンター」でのコンサートです。このセンターは桜木町仮設住宅に隣接したデイケア施設です。そのホールをお借りしてのコンサートということで、デイケアにいらっしゃっている方々と、桜木町仮設住宅の皆様やセンターのスタッフの方を合わせて50人ほどの方々が耳を傾けてくださいました。


準備を終えて皆さんを待っている時間です


こちらでのコンサートは去年の10月に続いて2度目です。前回から続けて来てくださった方も沢山いらっしゃって、40分ほどの予定はあっというまに過ぎてしまいました。コンサートの後はみなさんとテーブルを囲んでの「おちゃっこ」でしたが、その中でコンサートの感想や普段の暮らしのことを聴かせてもらうことができました。ちなみにこんな曲を歌いました。

小川地区サポートセンターのセットリスト(他でもこんな感じでした)

1 きく
2 シャボン玉
3 コスモスのように
4 ぺんぺん草
5 まつたけ
6 私の青空
7 生きているから
EN なんでもできる2014

この日の夕食は「いっぽいっぽ」の責任を持っている高橋先生ご夫妻と一緒に、釜石駅に近い仮設店舗商店街「釜石はまゆり飲食店街」にある「コリンズ」でいただきました。


はまゆり商店街では沢山のお店が皆様を待っていますよ


30日は9時過ぎにボランティアセンターを出発して、釜石から車で40分ほど北へ向かった山田にある「いっぽいっぽカフェ」へ向かいました。こちらも昨年に続いて2度目のコンサートです。11時からの予定でしたが10時過ぎに到着した時にはすでに何人かの方々がいらっしゃっていました。

開演前のいっぽいっぽカフェです


早速機材セッティングをしてサウンドチェックを終えましたが、コンサート開始までの待ち時間もいらっしゃっている方々と話がはずみ、コンサートというよりは寄合に近い雰囲気で歌い始めることができました。

「いっぽいっぽカフェ」は火曜日から土曜日までオープンしています。国道沿いにありますので山田へ行かれる時にはぜひ立ち寄ってください。

チャーシュー美味しかった


お昼は「いっぽいっぽカフェ」に近い「藤七屋」さんというラーメン屋さんでご馳走になりました。昔懐かしいような感じの、ラーメンの原点的なラーメンで、とても美味しくいただきました。

午後は夕方まで時間があったので、釜石や山田は初めての妻のために大槌の旧庁舎を回ってみることにしました。久しぶりに行ってみると町全体が工事現場状態になっていて、庁舎も取り壊しをしているようでした。工事カ所が変わると道路も迂回しなければならず、相当カーナビ泣かせでした。

いっぽいっぽカフェの周囲もほぼ工事中です


釜石と山田を往復して目についたのは至る所が工事中ということです。そのほとんどが盛土の工事のようでした。元々の地面が盛り土で見えなくなっていくのを寂しく感じる人も少なくないのではないでしょうか。また周囲が工事だらけというのも精神的に参ってしまうのではないかなと感じました。今回の訪問中に何度か聴いたことばは「音楽はいいね、本当に心が癒されるから」ということばでした。それだけ被災地の環境は殺伐としています。これだけ復興工事が進んでいるのに、地域に明るい感じがしないのは辛いですね。

さて夕方からの「ウクレレ会」は釜石の「いっぽいっぽボランティアセンター」で開かれました。

私が持参した3本
白いのはプレイズウクレレです


山田を出発する頃から雪がちらつき始め、夕方が近づくにつれて本降りになってきました。さあこの雪の中みなさん無事に来てくださるだろうかという心配が頭をもたげましたが、いつもの「ウクレレ会」のメンバーがほぼ揃い、にぎやかにウクレレ会が始まりました。

ウクレレ会はこのボランティアセンターで月2回開催されています


まずはひとりひとりの演奏を聴かせてもらって、私がワンポイントアドバイスをしました。ウクレレを持ってから1ヶ月とちょっとという方がしっかりコードを弾いていたり、ウクレレでは難しいアルペジオに挑戦している方があったり、良い雰囲気の「ウクレレ会」です。

ワンポイントアドバイスのあとは私たちのミニコンサートです。30分ほど歌ってのアンコールはウクレレソロでの「イエスタデイ」と「なんでもできる2014」歌いました。ところが「なんでもできる2014」を歌い始めたら突然涙が込み上げてきました。それは遠くハワイから釜石のためにウクレレを届けてくださった、そしてこの曲の作者であるコアロハのアルビンさんの被災地への思いが迫ってきたからです。この曲に込められた思いは「いつか語り合いたいよね、人生は素晴らしいと・・・」です。いつか心からそう言える日がくるように、ウクレレを友達にして、私も一緒に歩かせてもらいたいと願っています。

コアロハ軍団だ!


「ウクレレ会」が終わってから、ある方が被災された時のことを話してくれました。その方は家ごと流されてしまし、水の中で1度は死を覚悟したとのことでした。息を止めていられる限界が近づき「もうだめだ、息を吐いてしまいそうだ」と思った時に、上の方が明るくなり水面が近くなったことがわかったそうです。さらに流木か何かに押し上げられるような感じになり、水面に顔を出せたとのことでした。もしあの時に水中で息を吐いていたら助からなかったとおっしゃっていました。今はその時のことを思い出さないように気持ちをコントロールしながら暮らしているとのことです。

この方のお話を聞いて知ったのは、ごくごく普通に暮らしていらっしゃるように見えても、震災の過酷なトラウマと闘いながら暮らしていらっしゃるんだということです。この方にとって「ウクレレ会」はしばしそんな記憶を忘れさせてくれる時間になっているようです。

「ウクレレ会」は2週間に1度いっぽいっぽの高橋先生のリードで開催されています。どなたでも歓迎ですので気楽におでかけください。

甲子に到着です


最終日は午前中に甲子の仮設住宅へ伺いました。この仮設は釜石市の奥まった山が迫った所にあり、前日からの雪も市内の3倍くらいは積もっているようでした。海沿いで暮らしていらしゃった方々が多いので生活に慣れるまでは時間がかかったのではないでしょうか。

雪かきが大変です


この日は雪が積もっていることもあり数名の方の集まりになりました。ほとんどが漁師をなさっていた方なので、自然に当時の話に花が咲いて気がつけばあっという間に1時間が過ぎていました。その後僕たちは30分程歌いましたが、コンサートの終わりには踊り出す人まで登場して、まあそれはそれは楽しい時間となりました。

お昼になり、みなさんとのお別れの時間になりました。「今度は孫を連れて遊びにおいでね」なんてまるで自分の故郷に来たようなことばをもらいながら、私たちは車に乗り込みました。釜石へ私は年に4回伺う予定です。また夫婦で来て欲しいという声も多く、2回は夫婦で来れたら良いなと考えています。

一昨年に始まった新しいプロジェクトである「音楽の種まき」もやっと「ウクレレ会」として動き出しました。これからも皆様のご支援をよろしくお願いします。



2015年1月16日金曜日

チャリティ トーク&ライブ 

昨年、12/20練馬グレースチャペル主催、東北応援団LE共催にてチャリティトーク&ライブが開催されました。お越しくださった皆様ありがとうございました。

トーク&ライブとして、まず、久米小百合さんがクリスマス讃美歌など数曲を披露。会場の方を巻き込んで一緒にコール&レスポンスで歌い楽しみました。また、シンガポール、マレーシアでのチャリティコンサートの様子と現地の方々から日本のために、たくさんのご支援をいただいた事を写真と共に紹介してくださいました。


続いて萩原ゆたかさんのステージに変わり、主に南三陸町の「架け橋」代表・中澤先生のお働きをスライドと共にご紹介くださり、以前の南三陸の町並みと今の現状、避難所生活の様子から、現在、仮設住宅で生活されている方々の生の声をお聞きすることが出来ました。
またギター、ウクレレを弾きながらオリジナル曲等を披露してくださり、会場の方も声を合わせ楽しい時を過ごしました。

心地よい音楽の調べに耳を傾けつつ、今も南三陸において支援を続けておられる中澤先生チームのお働きや、現地の方々の現状、今後の課題を伺い、改めて復興と再建の只中にいらっしゃる方々に思いをはせる機会になりました。

教会の牧師先生はじめ、スタッフの方々が、細やかな心配りをして主催運営してくださり、あいにくの雨でしたが、たくさんの方が遠くから近くからお越しくださり、終始和やかなあたたかな雰囲気で会を持つことができました。ありがとうございました。

そして終演後には、たくさんの方々が南三陸の活動のために募金をしてくださいました。この場をお借りして、お礼申し上げます。

被災地の状況に伴って、支援のあり方もまた変わっていくと思いますが、Love Eastではこれからもニーズに合わせ音楽を通しての支援を継続させていきたいと願っています。

皆さま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(大音師)


2014年11月30日日曜日

釜石ウクレレ会

昨年発案した「音楽の種まき」プロジェクトの一環として始められた釜石でのウクレレプロジェクトがこの秋に「ウクレレ会」として定期的な集まりを持てるようになりました。その様子がFacebookにアップされていました。→いっぽいっぽ岩手

現地で開催のために労をとってくださっている「いっぽいっぽ岩手」の高橋先生をはじめ、昨年何度も釜石に足を運んでいただき「ウクレレ会」の基盤作りをしていただいた関根一夫先生、ジョン山崎先生、そして釜石のためにウクレレを提供してくださったウクレレメーカー「Koaloha」の創業者であるアルビンさんに心から感謝します。

今後LE(応援団の略称になっています)からは岩渕がウクレレの講師をかねて、3ヶ月に1度程度のペースで釜石へ伺うことにしています。このプロジェクトが継続されて、子供たちが参加してくれる「子供ウクレレ会」へ広がっていったらと願っています。今後もLEの活動のためにご支援をお願いします。

2014年11月12日水曜日

仙台の沿岸部(岩渕)

今回の滞在2日目の11日は10時少し前に最初のライブ会場のニッペリア仮設住宅に入りました。会場では健康体操が行われていて、終わるまで会場の外で待機です。健康体操が終わったタイミングで音響機材や茶菓の搬入を開始しましたが、セッティングは昨日に続いて2回目なので、なんと15分程度でセッティングを終えて、簡単なサウンドチェックをすることができました。準備の時間があまりないのでひよっとしたら開始が遅れるかもしれないと話していたのですが、無事に予定の10時半にスタートすることができました。





一昨年もこちらに来ましたが、その時に比べるとずいぶん人が少なくなっているそうです。家を建てた方や、復興住宅へ移った方がかなりいらっしゃるようです。



ニッペリアでのセットリストはこんな感じでした。

1  日日草
2  なぜか人生初の「青葉城恋歌」
3  ぺんぺん草
4  北上夜曲
5  私の青空
EN
6  生きているから

ライブの後はなんと芋煮がふるまわれました。私も久しぶりの芋煮に舌鼓を打ちながら、一緒にテーブルを囲んだ皆さんと震災の頃の事や、最近の生活のことなどなどいろいろと話が弾みました。話の端々に感じるのは私も仙台人だということです。なぜならばローカルな話にどこまでもついていくことができました。



芋煮も一段落したところで、午後のライブのための移動開始です。機材をたたんで、会場を掃除して、ライブ会場の港南ハウスへ向かいました。こちらはご自分も被災されたOさんご夫妻が今後のためにみんなが集まれるようにと計画して建てたお宅です。

こちらには近所の方をはじめ、遠くからも「コンサートならば」ということで来てくださった方々で席がいっぱいになりました。



こちらのセットリストです。

1  きく
2  スマイル
3  ただありがとう
4  ガクアジサイ
5  なんでもできる
6  私の青空
7  God Bless You
EN
8  生きているから
EN
9. 父の涙

こちらでも初めて聴く歌が多いのにもかかわらずみなさんが最後まで耳を傾けてくださり、良い時間を持たせてもらいました。

ライブの後にお茶の時間があったのですが、みなさん和気あいあいといろんな話を聞かせてくれました。「また歌いにきてください」なんて嬉しい言葉をかけていただきながら港南ハウスを後にしました。

ここ1年ほどは宮城は交通の便も良いこともあって、比較的に多くの方々がボランティアに出かけていらっしゃることを見聞きしていました。私はあまり人が行かないところに行かせてもらおう、ということで福島や岩手を訪ねることが多かったのですが、震災から時が過ぎて、宮城でもボランティアの方は減っているそうです。今回の2日間の訪問で東北のそれぞれの地域で今もボランティアが必要とされていることを再確認しました。”東北応援団 LOVE EAST”の働きが現地のニーズに応えてゆけるように、引き続きみなさまのご支援をお願いします。

2014年11月10日月曜日

亘理町公共ゾーン第2集会所(岩渕)

今日は昨年に続いて2度目の亘理への訪問です。仙台駅で新幹線を降りて常磐線に乗り換え、南へ向かって約30程で亘理に着きます。常磐線は亘理の先の浜吉田駅で途絶えています。その先の相馬方面へはバスを乗り継いで行けるようです。駅前には接続のバスが待っていました。


私は亘理で下車して今回お世話になる「HOPEみやぎ」のバンへ乗り込みました。



今回は昨年訪問した仮設住宅とは別のところにある「亘理公共ゾーン第2集会所」という所です。ちょうど常磐線の窓から見えていた仮設住宅でした。

12時に会場入りをして、早速PAのセッティングです。「HOPEみやぎ」ではPAのセッティングができるスタッフがいないので、最近はミュージシャンにコンサートの依頼をしにくいとのことでした。音響の手助けをしてくださる方も必要ということですね。

セッティングを終えて、お昼は亘理名物の「はらこめし」のご馳走をいただきました。



ボリュームもあってとてもおいしくいただきました。これで1000円しないそうです。亘理にお出かけの時にはぜひ「はらこめし」にトライしてみてください。

さてライブは1時半から約45分程度を予定していました。司会の方に紹介をしていただいてライブが始まりました。正確な人数は確認していませんが大体70人くらいの方が集まっていらっしゃったと思います。

今日のセットリストは以下のとおりです。

1 スマイル
2 ペンペン草
3 まつたけ
4 なんでもできる2014
5 私の青空
EN
6 生きているから

途中いろいろなMCもしますのでこれで大体45分の時間通りでした。

いざ始まってみるとこちらの問いかけに皆さんがいろいろなレスポンスを返してくださって、まあたくさん笑い、時に涙したライブとなりました。ライブ中の写真を撮ってもらうのを頼み忘れましたので、その後のお茶の時間に私の歌っていた時の位置から写してみました。



お茶の時間もそれぞれで相当話が弾んでいるようで、みなさん時間を忘れてしまったような感じでした。

お開きが近い時間になると「もう少し歌ってほしい」というリクエストがあり。第2アンコール?になりました。歌ったのは「君がいて僕がいる」「What a wonderful world」「北上夜曲」です。ひとつ歌い終わる度に「もう少しうたって・・・」という声が聞こえてきて結局3曲の第2アンコールとなりました。最後の「北上夜曲」はみなさんも一緒に歌ってくださって、会場全体がひとつになって普通のライブという雰囲気になりました。真剣に聴いてくださったみなさまに本当に感謝します。

亘理でも仮設から復興住宅へ引越しをする方々もいらっしゃって、少しずつ顔ぶれも変わっているようです。またお会いできるかどうかはわかりませんが、「またお会いしましょう」と声を掛け合いながらみなさんとお別れしました。

ライブの中で私は「ここは亘理の武道館みたいだ〜」とジョークを言いましたが、本当に会場全体がひとつになったライブとなりました。”東北応援団 LOVE EAST”を支援してくださる方々の支援に支えていただいて今回も宮城を訪ねることができています。後方で支援をしてくださっている多くの方々に心から感謝いたします。”東北応援団 LOVE EAST”では10年のスパンでの支援活動ができるようにと願っています。これからもご支援をよろしくお願いします。明日は仙台の海側に位置する若林区の仮設住宅と個人宅の2カ所で歌いますので、なるべく早く明日の報告もさせていただきます。



「亘理公共ゾーン第2集会所」でお会いしたみなさま、「HOPEみやぎ」のスタッフやボランティアでお手伝いしてくださったみなさま、楽しい時間を一緒に作り出してくださってありがとうございました。