2015年2月5日木曜日

「今度は孫を連れて遊びにおいで 」釜石と山田の活動報告

雪が降った甲子の仮設住宅


1月29日から31日にかけて、釜石と山田で3回のコンサートと1回の「ウクレレ会」を持つことができました。今回は夫婦で伺ったので交通費節約のためと不足分の機材を積んでの車移動ということにしました。


小川地区サポートセンター入り口


今回のポスターです
前回はポスターとは違う人だった!という評判?が立ったそうです。


遠くに桜木町の仮設住宅が見えます


29日は午後2時半から釜石市内の「小川(こかわ)地区サポートセンター」でのコンサートです。このセンターは桜木町仮設住宅に隣接したデイケア施設です。そのホールをお借りしてのコンサートということで、デイケアにいらっしゃっている方々と、桜木町仮設住宅の皆様やセンターのスタッフの方を合わせて50人ほどの方々が耳を傾けてくださいました。


準備を終えて皆さんを待っている時間です


こちらでのコンサートは去年の10月に続いて2度目です。前回から続けて来てくださった方も沢山いらっしゃって、40分ほどの予定はあっというまに過ぎてしまいました。コンサートの後はみなさんとテーブルを囲んでの「おちゃっこ」でしたが、その中でコンサートの感想や普段の暮らしのことを聴かせてもらうことができました。ちなみにこんな曲を歌いました。

小川地区サポートセンターのセットリスト(他でもこんな感じでした)

1 きく
2 シャボン玉
3 コスモスのように
4 ぺんぺん草
5 まつたけ
6 私の青空
7 生きているから
EN なんでもできる2014

この日の夕食は「いっぽいっぽ」の責任を持っている高橋先生ご夫妻と一緒に、釜石駅に近い仮設店舗商店街「釜石はまゆり飲食店街」にある「コリンズ」でいただきました。


はまゆり商店街では沢山のお店が皆様を待っていますよ


30日は9時過ぎにボランティアセンターを出発して、釜石から車で40分ほど北へ向かった山田にある「いっぽいっぽカフェ」へ向かいました。こちらも昨年に続いて2度目のコンサートです。11時からの予定でしたが10時過ぎに到着した時にはすでに何人かの方々がいらっしゃっていました。

開演前のいっぽいっぽカフェです


早速機材セッティングをしてサウンドチェックを終えましたが、コンサート開始までの待ち時間もいらっしゃっている方々と話がはずみ、コンサートというよりは寄合に近い雰囲気で歌い始めることができました。

「いっぽいっぽカフェ」は火曜日から土曜日までオープンしています。国道沿いにありますので山田へ行かれる時にはぜひ立ち寄ってください。

チャーシュー美味しかった


お昼は「いっぽいっぽカフェ」に近い「藤七屋」さんというラーメン屋さんでご馳走になりました。昔懐かしいような感じの、ラーメンの原点的なラーメンで、とても美味しくいただきました。

午後は夕方まで時間があったので、釜石や山田は初めての妻のために大槌の旧庁舎を回ってみることにしました。久しぶりに行ってみると町全体が工事現場状態になっていて、庁舎も取り壊しをしているようでした。工事カ所が変わると道路も迂回しなければならず、相当カーナビ泣かせでした。

いっぽいっぽカフェの周囲もほぼ工事中です


釜石と山田を往復して目についたのは至る所が工事中ということです。そのほとんどが盛土の工事のようでした。元々の地面が盛り土で見えなくなっていくのを寂しく感じる人も少なくないのではないでしょうか。また周囲が工事だらけというのも精神的に参ってしまうのではないかなと感じました。今回の訪問中に何度か聴いたことばは「音楽はいいね、本当に心が癒されるから」ということばでした。それだけ被災地の環境は殺伐としています。これだけ復興工事が進んでいるのに、地域に明るい感じがしないのは辛いですね。

さて夕方からの「ウクレレ会」は釜石の「いっぽいっぽボランティアセンター」で開かれました。

私が持参した3本
白いのはプレイズウクレレです


山田を出発する頃から雪がちらつき始め、夕方が近づくにつれて本降りになってきました。さあこの雪の中みなさん無事に来てくださるだろうかという心配が頭をもたげましたが、いつもの「ウクレレ会」のメンバーがほぼ揃い、にぎやかにウクレレ会が始まりました。

ウクレレ会はこのボランティアセンターで月2回開催されています


まずはひとりひとりの演奏を聴かせてもらって、私がワンポイントアドバイスをしました。ウクレレを持ってから1ヶ月とちょっとという方がしっかりコードを弾いていたり、ウクレレでは難しいアルペジオに挑戦している方があったり、良い雰囲気の「ウクレレ会」です。

ワンポイントアドバイスのあとは私たちのミニコンサートです。30分ほど歌ってのアンコールはウクレレソロでの「イエスタデイ」と「なんでもできる2014」歌いました。ところが「なんでもできる2014」を歌い始めたら突然涙が込み上げてきました。それは遠くハワイから釜石のためにウクレレを届けてくださった、そしてこの曲の作者であるコアロハのアルビンさんの被災地への思いが迫ってきたからです。この曲に込められた思いは「いつか語り合いたいよね、人生は素晴らしいと・・・」です。いつか心からそう言える日がくるように、ウクレレを友達にして、私も一緒に歩かせてもらいたいと願っています。

コアロハ軍団だ!


「ウクレレ会」が終わってから、ある方が被災された時のことを話してくれました。その方は家ごと流されてしまし、水の中で1度は死を覚悟したとのことでした。息を止めていられる限界が近づき「もうだめだ、息を吐いてしまいそうだ」と思った時に、上の方が明るくなり水面が近くなったことがわかったそうです。さらに流木か何かに押し上げられるような感じになり、水面に顔を出せたとのことでした。もしあの時に水中で息を吐いていたら助からなかったとおっしゃっていました。今はその時のことを思い出さないように気持ちをコントロールしながら暮らしているとのことです。

この方のお話を聞いて知ったのは、ごくごく普通に暮らしていらっしゃるように見えても、震災の過酷なトラウマと闘いながら暮らしていらっしゃるんだということです。この方にとって「ウクレレ会」はしばしそんな記憶を忘れさせてくれる時間になっているようです。

「ウクレレ会」は2週間に1度いっぽいっぽの高橋先生のリードで開催されています。どなたでも歓迎ですので気楽におでかけください。

甲子に到着です


最終日は午前中に甲子の仮設住宅へ伺いました。この仮設は釜石市の奥まった山が迫った所にあり、前日からの雪も市内の3倍くらいは積もっているようでした。海沿いで暮らしていらしゃった方々が多いので生活に慣れるまでは時間がかかったのではないでしょうか。

雪かきが大変です


この日は雪が積もっていることもあり数名の方の集まりになりました。ほとんどが漁師をなさっていた方なので、自然に当時の話に花が咲いて気がつけばあっという間に1時間が過ぎていました。その後僕たちは30分程歌いましたが、コンサートの終わりには踊り出す人まで登場して、まあそれはそれは楽しい時間となりました。

お昼になり、みなさんとのお別れの時間になりました。「今度は孫を連れて遊びにおいでね」なんてまるで自分の故郷に来たようなことばをもらいながら、私たちは車に乗り込みました。釜石へ私は年に4回伺う予定です。また夫婦で来て欲しいという声も多く、2回は夫婦で来れたら良いなと考えています。

一昨年に始まった新しいプロジェクトである「音楽の種まき」もやっと「ウクレレ会」として動き出しました。これからも皆様のご支援をよろしくお願いします。