2015年11月12日木曜日

心の交流コンサート レポート

◆2015年 心の交流コンサート レポート    by 萩原ゆたか
【第一期】2015年10/1(木)~10/5(月) 

 秋も深まる10月、昨年と同様、南三陸の地域支援ネット「架け橋」の中澤竜生先生のコーディネートの元、東北応援団ラブイースト様からの派遣で、二期に分けて訪問させて頂きました。

東北を思ってお捧げ下さった皆様のお気持ちを、音楽の種まきを通してお届けできたのではないかと思います。昨年のレポートから一年経った地域の状況や、継続支援されている現地スタッフの方々の様子も含めて、ご報告させて頂きたいと思います。
                        
                       
                       <行程>

1日午前 (南三陸)仮設訪問、チラシ配り
ポスター張り、産物交渉
午後     情報交換、中澤氏活動報告会、等
2日午前 (南三陸) AT2期仮設住宅
午後 (登米市) 登米苑 特別養護老人ホーム
3日午後 (南三陸) HMT仮設住宅
4日午前 (石巻)  渡波キリスト教会 礼拝賛美
5日午後 (南三陸) HLK仮設住宅 &地域
「クィーンズ倶楽部」












<被災地の今・南三陸> 
街中が工事現場/町を見下ろした写真中央に 防災庁舎が見えます。緑の山は削られ、見渡す限り盛り土が積み上げられ、ダンプと重機が忙しく働き、海岸線にはコンクリートの壁が作られています。(撮影 2015.10.05)
3階だけが見える 防災庁舎

津波に覆われた高さまで土が覆います

高台宅地造成の為 緑深い山は削られ


工事車両は パレードのようです

<訪問へ向けての準備>
被災から4年7カ月、復興の遅れている南三陸も、仮設を出て復興住宅へ移る方も出始めています。しかし、新しい高台の宅地は、まだ山を削っている最中。造成に、まだ3年はかかるだろうとも聞きました。個々別々の状況下で、諦めムードでなく、何とか状況を乗り越えて頂きたい、応援の気持ちを伝えに行きたい…と考えていましたが、今年前半は行く事ができませんでした。

一年ぶりの訪問となった今回は、小さな仮設の小さな集会所でも歌えるように、小さな音響機材も用意できて準備万端でした。ところが、直ぐ状況変化が起こりました。多くの荷物を運んでいた車が、急遽、小さい車に変わり、機材や楽器を運ぶのが困難との事。

どうなる事かと思い祈りましたが、結果的に、南三陸チームの宣教師の方々が4日間一緒に行動して下さり、素晴らしいお交わりに繋がりました。またある日は、東北ヘルプさんより普通自動車を貸して頂き、大変お手間をかけてご準備頂きました。

私達が伺う時、背後で何人もの地元チームの方が動いて支えて下さっている事を 再確認する事となったのでした。多くの方に祈られ支えられて、初めの一週間が始まりました。

<それぞれのようす> 今期メンバー:萩原ゆたか+南三陸チームの皆様
(2日目は仙台より、高奈美香さん応援)

1) 10月1日(木):中澤先生の活動のお手伝いと見学: 
初日は南三陸チームの皆さんの、日頃の活動を知る、貴重な機会となりました。

◆午前 (南三陸)海苔屋さん訪問/南三陸での医療支援イベントの経費(茶菓代)を捻出するために大阪で開催される、チャリティーで販売するための仕入れ交渉に。地区長さん同行の元、美味しい海藻の食べ方など教わりながら、地産物を消費して、現状を紹介し、支援を募る…という3つの事を同時にされている、細やかな配慮を感じました。

◆地区長のお話によると、長野県H村の宣教師さん達が、狭い仮設暮らしの気分転換にと、何度か住民をペンションに招いて下さったそうです。この後、訪れた仮設で、数人から「私も行ったよ」とお聞きし、愛を持って提供された行動は、被災地の方の中で、みな繋がっている事を実感しました。小さな支援も、つながって、結果的にキリストの愛を伝えている事を思いました。

◆途中、戸倉で仮設訪問。仮設リーダーのSさんと顔を合わせての情報交換は、地域の必要に耳を傾ける大事な機会なのでしょう。私も昨年末、東京での「クリスマスチャリティートーク&コンサートイベント」にて、地元の声をご紹介させて頂いた際大変お世話になり、一年ぶりのご挨拶ができて感謝でした。

◆浸水した戸倉中学校は、3.11の「語り部バスツアー」の立ち寄り所となっています。観光バスが何台も訪れては、被災の恐ろしさを伝えています。丁度、海外取材人らのバスが到着したところで、アポなし取材に、初めに居合わせた住民らは後ずさりしました。その後、中澤氏から用事で呼ばれたS氏が、すっと対応に入られました。
                     
仮設住宅の内部を取材する外国人記者
各国の取材人




















壁が薄く、狭く、隣が近く、ただでさえプライベートが守られにくい仮設で遠慮しながら暮らしている所に、がやがやと来て プライベートスペースにも入っていく…なかなか、やっかいな環境で大変そうだなあと思いました。しかし、S氏の様に、風化させてはいけない、伝えなくては という責任感を持つ方々が、ひるむことなく、津波とその影響を、世界に 子孫に語り継いで下さっている姿が眼に焼きつきました。

◆午後 (南三陸)「被災地活動報告会」@アリーナ:
大阪から個人参加された 被災地ツアーメンバーの 落語イベントへ合流後、中澤氏による報告会の 会場設置、手伝い。
  

















◆中澤先生による報告会では、震災直後から現地の方々に寄り添い続けているお立場でこそ見える、現在の、近い将来の問題と対処、地域に対するキリスト教会の具体的役割…等について、経験からくる貴重なお話をお聞きする事が出来ました。

少子高齢化により、日本全体が直面する2025年問題。被災地では更なる問題が重なり住民に大きな重圧がかかります。今までの制度だけでは支えきれず、新しい制度が必要との事で、先ごろ、仙台で、大学教授、社協などと協力してNPOを立ち上げ、具体的な働きに入られたそうです。被災地は日本全体の問題の雛型になりえるそうです。教会の役割も、被災地に注目する事で日本全体が学べるのでは…とは参加者のご意見であり、私も同感でした。報告会も無事終わり、登米市まで送って頂きましたが、中澤氏はその後も、急用で帰る方を、仙台空港まで送っていかれました。細やかなお働きに頭が下がります。

2)10月2日(金) :リーシン&クリスティ宣教師が同行して下さり、中澤氏の方は、本日ゲストで加わって頂く 高奈美香さんを仙台で拾ってから移動して下さいました。

◆午前 (南三陸) AT2仮設住宅:(8人程参加)

住民の皆さんは、チームメンバーを見ると笑顔になり、心待ちにしているのがわかります。あんた歌上手いね…等と誉めて頂きつつ、コンサート後のお茶っこでは、いつもそうしているのだと言って、漬物、枝豆、飴などをお母さんたちが持ち寄って下さいました。


集まって下さった方々は、お互い良く話せる関係が出来ているようでした。皆さん其々、復興住宅に移る事が決まり、先ずは数カ月先の目標に向かって明るい表情をされていました。でも、折角築いたここでの人間関係は、別々の復興住宅に入って行く時に一変し、問題が沢山出てくるのだそうです。お姉さま方の笑顔を見て、たくましくいて頂きたいなあと思いました。枝豆でお腹がいっぱいになり、またきっと会おうと言って別れました。


◆さて、この辺は三陸地方ならではの小さな入り江が入り組むとても美しいエリアです。
陽を受けて輝く海 美しい景観が広がる

無機質な防潮堤が景観を遮り始める

しかし、将来、視界を遮る高い防潮堤でおおわれてしまい、この宝物のような景色は失われるのだそうです。海を愛する地元の方々にとって、どれほど複雑な心境であろうか…が容易に想像できるように思いました。

山を崩し、海岸線を固め、元々あった豊かな景観を崩している現実が痛々しいです。山の森が、美しい水を、魚の沢山集まる海を作り出している…と学校で教わった覚えがありますので個人的にも複雑な思いです。どう、現実と向き合っていくのが良いのでしょうか。


◆驚いたのは、こういった再生計画は、元々、地元住民から出たものでなく、都会の大手会社の案が主導で進められているとの事を伺いました。津波で家族を、家を、持ち物を、友人や思い出の品をも無くした方々が、まだ何とか残っている、小さいころから見て来た 思い出のいっぱい詰まった、ふるさとの景観まで失うのだろうか…何とかならないものだろうか…と外部の人間ながら切なく思うのでした。それに、せっかくの美しい海岸線が無くなると、観光面での打撃も大きいのでは…と 海に憧れる私は思ってしまいました。






◆午後 登米苑(特別養護老人ホーム): (参加:25名程・職員10名程)

隣町に移動。南三陸チームの皆様は、同じ場所を何度も訪れて継続ケアされていますが、地域は広く、仮設数は多く、まだまだ、新しい関係を開拓していらっしゃいます。仮設だけでなく、隣接する地域との関係も築かれます。被災者の家族がいたり、引っ越し先に近かったり、色々な関係が繋がります。こちらはチームとしては初めてのイベントとの事。




イベント広場は幾つもの廊下に繋がり、音が拡散して聞こえ辛いので、中澤義道氏に音響をお願いし、高奈美香さんと一緒にコンサート。手拍子をして下さる入居者の皆さんに、ケアされる若いスタッフの皆さんが寄り添います。被災された方々もおられる事でしょう。日々のご苦労もあるでしょう。沢山の祝福がありますように祈りつつ歌いました。








3)10月3日(土)(南三陸)HMT仮設住宅: (10人程参加)

住民の方が、スタッフを心待ちにしていました。普段からの良い関係作りを感じました。コンサートとおしゃべりが並行する中、かなり心が耕されている方が何人もいらっしゃる感じを受けました。食い入るように歌を聞いて下さり、心開いてお話されます。

 ◆最後から3曲目に遠慮がちなご婦人が入って来られました。気になっていると、お茶っこで私のお隣に来るように年配の方が促し「この人、ご主人が亡くなってまだ一カ月なんだよ」との事。今までトイレが外にある借家を、みなし仮設として利用していたが、ご主人の病でスロープ付きのこちらの仮設に一カ月少し前に入居できて、喜んでいたのもつかの間、ご主人は直ぐに入院、そして戻らぬ人となり まだ1カ月だそうです。何という事でしょうか。私の歌を聞いて自分の事と重なったと、涙ながらにお話下さいました。
  


お話を伺う内、私の中で祈らせて頂きたい思いが沸きあがってきてしまいました。そこで、様子を見つつ、ご本人に説明して許可を得、祝福のお祈りをさせて頂く事となりました。私にとって(特に仮設では)珍しい事ですが、周りの方も違和感なく受け取られ、自然な空気が不思議なほどでした。その後、別の方からも、実はベッドから動けないご主人が近くにいるから…と、ご主人の所で歌う事になり、お祈りもさせて頂く事になりました。

聞くと、韓国系キリスト教会の先生ご夫妻が、日常から細やかな訪問と親身なケアをされているそうです。聖書の話やお祈りもされ、ここの仮設の皆さんはそれに慣れているのだそうです。なるほど…祈られ続けてこその、この展開である事をしみじみ思いました。

人の心は耕されていると解るのだなあと思いました。種を撒くのに程よく耕され、柔らかく偏見の少ない心。いえ既に種は撒かれていて、気持ちは希望に向かっている方もいらっしゃるかも知れません。被災地に在って、真に隣人となって丁寧なケアをされている皆さんがいらっしゃる事に心から感謝致しました。そして、まだ深い悲しみにある皆さんのお心が温かさで包まれ、真の希望に向かって歩めるように、心から祈りました。

4)10月4日(日)午前 (石巻) 渡波キリスト教会(鈴木修三牧師):
礼拝にて、スティーブン・スミスドルフ宣教師ご夫妻のメッセージ(通訳 契子黒田スミスドルフさん)の前に、賛美と証の時間を持たせて頂きました。

新築地域に建つ教会は、震災後多くの支援をもたらして下さった、サマリタンズ・パースという団体が 撤退前に作られた教会で、周りは復興住宅地だそうです。

◆石巻でも被災された方が沢山おられます。こちらには、被災後 初めて教会に集うようになった方が40名程いらっしゃるそうです。泥と瓦礫だらけの家で途方に暮れていた時、サマリタンズ・パース初め、海外からも、泥出し・片づけのボランティアが訪れ、見ず知らずの人たちから自分の家を綺麗にしてもらい、それがきっかけで教会に来られるようになった方も多いそうです。男性が多いのも印象的でした。


時間よりかなり前に到着すると、入り口の椅子にすわり、気持ちよさそうに風に吹かれている色黒の男性がいました。フタッフの一人を見つけるなり「酒とたばこ、やめたよ」と報告されていました。美味しい佃煮工場のオーナーさんだったそうです。中には腕の良い漁師さんだった方もおられました。色々な経験をされた方がおられるそうで、お一人お一人からお話を伺ってみたくなりました。




◆こちらの教会では、教会文化に慣れない方が多く集われているので(考えてみたら日本中同じかもしれませんね)色々工夫されているそうです。先ず気づいたのは、週報に歌詞、聖書の言葉、祈りの言葉が、全て大きな字で載っていて「普通の言葉」で説明されており、とても親切です。平日には自由に参加できるサークルもあります。

また、司会される先生のお言葉遣いが、上から目線でなく、長年世の中を渡って来られた先輩方に敬意を表するような敬語遣いで、愛情を持って丁寧に語っておられたのが新鮮でした。淡々とした中にも、ウェルカム(ようこそ)、ここにいて下さって嬉しいです…と心から言われているような、そんな空気を感じました。

◆お聞きしたところ、クリスチャンでない方に献金はなく、支援の意味で100円の会費制で美味しいランチが頂けて、更にビンゴゲームでお土産まで付くとの事でした。良くある教会の簡単ランチより、少し手が込んで量もあり、頂く楽しみが感じられました。

また、淡々と進むビンゴゲームは結構楽しいもので、リーチが早いからと言って早く上がれるものでもないのですね(笑)気の利いた景品からなくなって行くスリル感の中、私も梨を頂きました。
食事をビンゴを楽しむ皆さん

参加者の方も 静かに楽しんでおられる様子で、礼拝の時間全体を最後まで楽しんで頂こうという教会側の配慮を感じました。後で聞いたところ、ランチの材料代として、向こう何年分かを献金して下さっている団体があるそうです。なるほど、ここでも色々な方の支援と祈りが組み合わされて、被災地の皆さんをケア、フォローしておられる事を知り、心が温まりました。

◆礼拝後の聖書の勉強会に参加し始めた…という方に、一緒にどうですか…と誘われました。残念ながらご一緒出来なかったのですが、学ばれる毎に、お心穏やかで祝されます様にと思いました。静かな愛の変革がおきているのだなあ…と嬉しい思いでいっぱいになりました。

◆青年と出会いました。歌を気に入って下さったご様子で、聞けば、近年まで悩んで引きこもりがちだったとの事。後で感想をメールして下さるには、証と歌を通し「神様にある癒しこそ、本物であるということを知りました」「存在そのものが神様の栄光となります様にお祈りしています」と書いて下さいました。お若いのに本当にしっかりとしておられ、被災地の今後を担われるであろう年代との出会いに感謝でした。

◆午後 (石巻)宮城復興支援「お茶っこはうす」 鈴木手以先生にお連れ頂き、勉強会をされていた皆さんにご挨拶できました。

◆夜 OM宣教師 (南三陸チーム) の祈り会 に参加させて頂き、魂が癒されました。被災地に重荷を与えられ、継続支援活動のために、海外から、また家族ごと捧げておられるご様子を知り、こういった方々が移り住み、地元に根差して日々活動して下さっているからこそ、細やかな継続支援が出来ている事を思い、心から感謝しました。私達がたまに来て、歌う事が出来るのも皆さんのお陰ですね。










5)10月5日(月)  ◆午前 移動中、神割崎(かみわりざき)という南三陸の名所に立ち寄りました。昔、地域間の争いがあり、土地を(岩を)分けて治めたとの事。時折、大きな波が届く美しい場所でした。
◆昼 スタッフがコミュニケーションを大切にしているラーメン屋さんでお昼。店主に話を聞くと、以前、数千万円の船を持ち、季節毎に漁をし、ダイビングのツアーガイド用の設備も備え、近い将来は、車椅子のままダイビング出来る特別な設備も考えていたそうです。

再び船を持ちたくても重い現実がそれを阻んでいます。近くの仮設から通いつつ、大好きな海が見える店で、訪ねる人に海や津波の事を伝えておられます。南三陸の海は、ほんの少し沖に出るだけで、四季のある素晴らしい漁場だそうです。親潮と黒潮が交わり、イルカも、熱帯魚も来るとの事で、動かずして、北から南から来る様々な魚を見ながら生活をしていたそうです。


◆ご主曰く、3.11の大津波前、いつもは見えない海の底が見えたそうです。「漁師は 海を見て海を判断する。」と仰り、高い堤防が海を見えなくする事の危うさを、大変危惧しておられたのが印象的でした。

◆午後 クィーンズ倶楽部 @HLK仮設住宅 &地域 (南三陸):(参加8人程度)
これは、この秋開院の南三陸病院で婦人科を担当される 中村幸夫医師が、中澤氏チームと組んで仮設住宅を回る健康講座です。思えば、昨年夏、老人福祉施設でコンサートをさせて頂いた際、施設長の中村医師と出会いました。中澤氏と組んで新しいプロジェクトを考えているとのお話に、心躍ったのを覚えています。















◆町に十分な病院がなく、1時間以上かけて外部まで通うしかない状況下、狭い仮設に引きこもりがちな住民を訪問して、健康相談をされます。ここは山中ですが、この裏まで津波が来て家が流されたとのお話を聞き、大変驚きました。
 
他県から医療支援で入られている中村医師の生き方は、本当に頭の下がるものです。詳細は昨年7月のレポートをご覧下さい。南三陸町仮設住宅団地58か所の内、このような小さな仮設を含め、既に30か所回られました。住民の健康生活を真剣に考え、近く寄り添う生き方は、不安でいっぱいの住民にどれ程安心感を与えておられる事かと想像します。

◆今回は、音楽ゲストがあることを知らぬ住民が目をパチクリする中、先生の講義前に、お腹から声を出しましょう…という事で、ご一緒に歌ったり聞いたりして頂きました。中澤氏チームは、企画、開拓、交渉、チラシ配布、声掛け、本番の準備、お茶っこ、片づけまで担当され、地域との関係をとても大切に育てておられるようでした。
  
このようにして、皆様に支えられ、祝された1期が終わりました。(2期報告に続きます)